大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所金沢支部 平成元年(行ス)2号 決定 1990年1月24日

抗告人 中村吉成

相手方 魚津税務署長

代理人 古江頼隆 三輪富士雄 ほか二名

主文

一  本件抗告を棄却する。

二  抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一  抗告人の本件抗告の趣旨及び理由並びに相手方の意見に対する反論は別紙(一)、(二)、(三)記載のとおりであり、これに対する相手方の答弁及び意見は別紙(四)記載のとおりである。

二  当裁判所の判断

1  「引用」について

抗告人は、本件で提出を求めている本件青色申告決算書は、民事訴訟法三一二条一号所定の引用文書に該当すると主張するところ、「引用」とは当事者が訴訟において文書をいわゆる引用して、証拠として自己の主張の裏付けとすることであって、主張の場面で文書を自己に有利に引用しながら、その文書を証拠として提出せず、事実上裁判官にその主張が真実らしいとの心証を抱かせてしまう状態を予想している。そのため引用された文書の提出を求め、相手方に反証の機会を確保させ、もって裁判の適正・公平を図ることが同条同号の文書提出命令の趣旨と解される。もっとも、主張で引用しているが、その正しさを文書をもって証明しようとしているのではなく、逐一記述したのでは冗長にわたるので、単に記載を簡略化するために引用するような場合は、相手方の要求がある以上、引用文書を提出させて主張を補完させる必要があるが、これは立証の問題ではなく、本質は釈明である。

本件で、相手方は推計課税のため、類似同業者の必要経費率を用いたが、その比率は類似同業者の青色申告決算書から得た数値を基礎としたものである旨主張し(第三準備書面)、証拠として、相手方職員作成にかかる、類似同業者の青色申告決算書の必要経費額を集計・整理した「個人事業者の課税事績表」を<証拠略>として提出しているが、青色申告決算書は証拠としては提出していないことが、本件記録から明らかである。

前記の弁論の経過に照らすと、相手方は同業者の本件青色申告決算書を証拠として本件訴訟において「引用」したとみるのが相当である。引用したのは前記個人事業者の課税事績表であるとか、前記青色申告決算書の必要経費額欄のみを引用したにすぎないとみるのは相当でなく、結局は、同業者が真正に作成した青色申告決算書の証拠力に着目し同文書全体を(原始的に)引用していると解すべきである。

2  守秘義務について

(一)  当裁判所も、文書提出義務を負う場合であっても、文書所持者に守秘義務があるときは、右提出義務を免れるところ、相手方は本件青色申告決算書につき守秘義務を負うから、右文書の原本の提出義務を負わないと解する。その理由は、原決定三枚目裏初行から同四枚目表五行目に記載のとおりであるから、これをここに引用する。

(二)  抗告人は、公務員の守秘義務によって守られる同業者の営業上の秘密といえども無制限の保護を受けるわけではなく、公正な裁判を受ける権利との利益衡量が必要であると主張するが、青色申告決算書には、所得金額、資産・負債の内容等、重要な個人の秘密事項が記載されており、相手方の守秘義務は、納税者の秘密を保護することにより、課税当局と納税者の信頼関係を維持し、もって税務行政の円滑な運営を確保することを目的とするものであってその義務は重要である。そして相手方は、抗告人が税務調査に協力せず、帳簿類の提出を拒否したため、推計課税の必要があると主張しているのであって、それが事実で推計課税の必要がある以上、同業者の数値を利用することには正当な理由があり、かつ同業者の数値を用いることに合理性がある以上、それは抗告人にとっても利益であり、そもそも、推計課税せざるをえない状態にした原因は抗告人にありといわざるを得ないから、守秘義務のある文書を相手方が本件訴訟において引用したことを抗告人の関係から非難することはできない。そして右守秘義務は、納税者の秘密の保護をも目的とするものであるから、相手方自身が証拠として引用することによって自ら守秘義務によって保護される利益を放棄したとか、引用によって、課税当局の守秘義務が解除されたとかいえないことが明らかである。本件で抗告人においてどうしても必要経費につき反証したいというならば、自己側の証拠によって反論・立証する手段もないわけではないと考えられる。

以上の諸事情のもとで、右文書に記載された個人の秘密の重要性と抗告人の主張するような抗告人側の利益との比較衡量をしても、右引用文書の原本の提出を命ずる要件があるとは認められない。

したがって、主位的申立は採用できない。

3  予備的申立について

(一)  抗告人は、予備的に本件青色申告決算書のうち、申告者・税理士の住所・氏名・電話番号、事業所の名称・所在地、従業員の氏名等の固有名詞を隠蔽した写しの提出を求め、魚津税務署管内の同業者数等からして、申告者特定の危険性は無いに等しく、抗告人において申告者を特定する意図もないから、右のような写しの提出は守秘義務に違反しないと主張する。

そして、昭和六三年一〇月現在、NTT職業別電話番号簿に記載された魚津税務署管内における自動車修理・販売業者は一九七、自動車板金・塗装業者は六八であることは当事者間に争いがなく、一件記録によれば、このうち抗告人と同様の個人業者数は前者が一二八、後者は五五であることが認められ、相手方が類似同業者を抽出し、主張に引用しているのは昭和五三年から昭和五五年度分であることからすれば、右写しが提出されたからといって、抗告人において、申告者を特定することはしかく容易であるとはいえない。

しかし、右写しは、申告者の資産・負債、従業員数、事業専従者等種々の事項が記載されており、抗告人も同業者であることからすれば、抗告人において意図的に調査をしないまでも、偶発的に申告者を知る機会がないとはいえず、また、抗告人が調査をする過程で同業者に写しを提示した場合、記載事項等から申告者が判明しないとも限らないのであって、一件記録によれば、過去に申告者が割り出されたと思われるケースもあり、納税者としては、固有名詞等を削除したとしても、重要な秘密が公開される危険がないとはいえない状態で自己の決算書等が使用されることを承認するはずはないのであって、右のように限定された写しについても依然として守秘義務があるというべきである。

(二)  抗告人は、申告者自身あるいは課税当局が申告者であることを自認しない限り、確定的に申告者を特定することはできないと主張するが、記載事項から特定された場合、申告者が自認しなくとも、特定できる場合もないわけではないから、抗告人の右主張は採用できない。

抗告人は、訴訟において当事者が公的機関から得た情報を基に第三者に面会を求めて真実を発見することは是認されており、その場合公的機関が守秘義務に違反したことにはならないと主張するが、課税当局が納税者を証人として申請したり、守秘義務に反しない事項につき情報を提供した場合に、かかる調査をしたとしても、守秘義務に反しないといえても、提出することが守秘義務に反することになる本件青色申告決算書の提出を求める理由とならないから、右主張は採用できない。

(三)  よって、予備的申立も採用できない。

4  以上の次第で抗告人の本件文書提出命令はいずれも理由がなく、原決定は相当であるから、本件抗告を棄却することとし、抗告費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 井上孝一 井垣敏生 紙浦健二)

別紙(一)

即時抗告申立書

抗告の趣旨

一、原決定を取消す。

二、(主位的申立)

相手方(被告)は、本件訴訟における推計課税のために抽出し、昭和六一年一一月一四日付相手方(被告)第三準備書面別表二ないし四に記載した同業者アないしエ及び同業者AないしHについての、各昭和五三年分ないし各昭和五五年分の青色申告決算書(青色申告書添付の決算書一切)を提出せよ。

(予備的申立)

相手方(被告)は、本件訴訟における推計課税のために抽出し、昭和六一年一一月一四日付相手方(被告)第三準備書面別表二ないし四に記載した同業者アないしエ及び同業者AないしHについての、各昭和五三年分ないし各昭和五五年分の青色申告決算書(青色申告書添付の決算書一切)の写し(但し、申告者・税理士の住所・氏名・電話番号、事業所の名称・所在地、従業員の氏名等の固有名詞を隠蔽したもの)を提出せよ。

との裁判を求める。

抗告の理由

一、原決定は、抗告人(原告)が主位的に提出を求めた青色申告決算書について、それが民事訴訟法三一二条一号にいわゆる引用文書に該当することを正当にも認めながら、相手方(被告)が守秘義務を負うことを理由に申立を却下した。

しかし、公務員の守秘義務によって守られる同業者の営業上の秘密といえども無制限の保護を受ける訳ではなく、公正な裁判を受ける権利との利益衡量が必要であることは、抗告人(原告)が文書提出命令申立書補充書において既に詳しく述べたとおりである。ところが原決定は、この利益衡量を行わずに当然の如く秘密保護を優先させている。

二、次に原決定は、抗告人が予備的に提出を求めた青色申告決算書の写しについても相手方の守秘義務は及ぶものと判断しているが、この原決定の判断の基礎になったのは、「魚津税務署管内の同業者はさほど多くないと考えられる本件においては、記載内容等により申告者を特定しうる可能性が極めて高い」という事実認識である。

しかしながら、この「同業者はさほど多くない」という原決定の判断については、それが如何なる資料に基づいてなされたものなのか、また、どの程度の同業者数を念頭に置いてそう判断したのか、一向に明らかではない。

因みに、社団法人富山県自動車整備振興会の発行にかかる「会員名簿」によって魚津税務署管内における自動車整備業者のうちの個人業者だけを取り上げてみても、昭和五三年四月現在、その数は八〇軒を下ることはない。また、昭和六三年一〇月現在、職業別電話番号簿の自動車板金・塗装の項目に記載されている魚津税務署管内における個人業者数は五一軒に、これと同様に自動車修理・販売の項目でみた個人業者数は一一三軒に上っている。これらの数字からは同業者が「さほど多くない」とは決していえず、はたして原決定が正確な資料を具体的に検討したうえで前記の事実認識に到達したのかすら疑わしくなる。

このように魚津税務署管内における同業者数を考慮するなら、その多数の同業者の中から相手方が抽出した類似同業者を絞り込むことは至難の業である。そして、さらにそのうえ「申告者を特定」しようとするなら、そのようにしてやっとのことで絞り込んだ類似同業者を個々の申告者に結び付けなければならないが、これとて想像するほど容易なことではない筈である。これ要するに、「申告者を特定しうる可能性が極めて高い」という原決定の危惧は、実は杞憂にすぎない。

しかも、抗告人が本件写しの提出を求めるのは、あくまでも本件訴訟の追行上、相手方が主張する必要経費率の正確性とその必要経費率を抗告人に当て嵌めることの合理性を検証する必要性があるからであって、申告者が誰であるか特定することが目的ではない。そのことは、抗告人(原告)の文書提出命令申立書補充書で詳しく説明したとおりである。

三、以上のとおり、原決定は、公正な利益衡量を経ないで抗告人の主位的申立を斥けたうえ、予備的申立についても申告者特定の危険性に関する誤った判断に立脚して、これを斥けている。

そこで抗告人は、原決定の取消と貴裁判所による文書提出命令を求めて、本申立に及ぶものである。 以上

別紙(二)

抗告理由補充書

抗告人は、頭書即時抗告申立事件につき、平成元年九月七日付即時抗告申立書の「抗告の理由」第二項を左記のとおりを補充・訂正する。

一、魚津税務署管内の同業者数について

1、魚津税務署の管轄区域は、別紙資料1のとおり、魚津市、滑川市、黒部市、中新川郡及び下新川郡の三市二郡であり、このうち中新川郡には上市町、立山町及び舟橋村の三町村が、下新川郡には宇奈月町、入善町及び朝日町の三町がそれぞれ含まれている。

2、社団法人富山県自動車整備振興会の発行にかかる「会員名簿」によれば、右魚津税務署管轄区域内における自動車整備業者の総数は、

昭和五三年四月現在 一五九

平成元年三月現在  一七四

であり、そのうち個人業者の数は次のとおりである(別表1及び資料2参照)。

昭和五三年四月現在  八七

平成元年三月現在   七八

3、また、昭和六三年一〇月現在、NTT職業別電話番号簿の左記職業項目に記載されている魚津税務署管轄区域内における同業者数は、

自動車修理・販売業 一九七

自動車板金・塗装業  六八

であり、そのうち個人業者の数はそれぞれ次のとおりである(別表2及び資料3参照)。

自動車修理・販売業 一二八

自動車板金・塗装業  五五

二、申告者特定の危険性について

1、相手方は抗告人の類似同業者として自動車板金塗装業関係ではアないしエの四業者を、自動車整備業(車輛販売を含む)関係ではAないしHの八業者を抽出しているところ、原決定は、「魚津税務署管内の同業者はさほど多くないと考えられる」とし、そのため「本件においては、記載内容等により申告者を特定しうる可能性が極めて高い」と判断している。

2、しかしながら、まず、個人業者に限り、且つ小さい方の数字を取り上げてみても、前記のとおり自動車修理・販売業は一二八軒に、自動車板金・塗装業は五五軒に上る。この数字をもって「さほど多くない」と評価することはできるであろうか。四ないし八業者に絞り込む母集団の数としては充分大きな数字であり、原決定の右評価の不当性は明らかである。

なお、前記「会員名簿」ないし電話番号簿の業種区分は必ずしも正確ではなく、正確に区分すれば多少数字が変動する可能性があるが、仮りに数字に変動があったとしても大勢に影響はない。

3、次に、仮りに百歩譲って、前記同業者数を多いと評価するかどうかは見解の相違に過ぎないとしよう。

しかし、文書提出命令に基づいて本件写しを入手した抗告人が申告者を特定しようとすれば、次のような多くの困難に遭遇する。このことは何人も否定できない筈である。

(一) まず、申告者かもしれないと抗告人が考えるその同業者が、個人業者か法人か見極めなければならない。

なるほど、この峻別そのものはそれほど困難ではないかもしれないが、しかし、個人業者が昭和五五年以降に法人成りしている可能性もある。従って、現在その業者が法人であるからといって直ちに対象から除外する訳にはいかないのである。

(二) 次に、その業者が青色申告をしているかどうか見極めなければならない。

ところが、ある業者が青色申告者かどうかの情報は税務署が独占している。抗告人は一体どうしてその情報を収集するのか、青色申告者かどうかは、その申告者自身と相手方税務署にしか分からず、抗告人がこれを探ることはまず不可能である。

(三) さらに、相手方税務署が類似同業者を抽出してから既に一〇年近くが経過しているが、その類似同業者の現在の業務形態・規模や営業成績等は一〇年前と比べて様変わりしているとみるのが自然であろう。

そこで、抗告人が現在の業務形態・規模や営業成績等をいくら仔細に調査してみたところで、一〇年の歳月が抗告人のその調査を徒労に終わらせるに違いないのである。

(四) このように、同業者の中から相手方税務署が抽出した四ないし八業者を絞り込むことは不可能だといっても過言ではないが、仮りにそれが可能だとしても、それだけではまだ「申告者を特定」したことにはならない。さらに個々の申告者がどの類似同業者に該当するのか見極めなければならない。

ところが、相手方は抗告人と「類似」する同業者を抽出した主張しており、相手方のこの主張がそのとおり真実であれば、そして、その「類似」性が大きければ大きいほど、個々の申告者と特定の類似同業者を結び付けることはますます困難になってくる筈である。

4、以上の考察から、抗告人が本件写しを手掛かりに申告者を特定しようとしても、それが不可能であることは明白である。

なお付言すれば、再三述べているように、抗告人が本件写しの提出を求めるのは、あくまで相手方税務署の算出にかかる必要経費率の正確性とその経費率を抗告人に適用することの合理性を検証するためであり、その目的は、本件写しを見て必要経費率の内訳等さえ分かれば達成される。抗告人には、多大の手間暇を費やしてまで申告者を特定する――結局は特定できないのであるが――実益は何もないのである。

5、以上のとおり、「本件においては、記載内容等により申告者を特定しうる可能性が極めて高い」という原決定の判断は、客観的可能性、そして抗告人の主観的意図いずれの点からみても、明らかに誤りである。

従って、申告者特定の危険性を根拠に本件予備的申立を斥けた原決定は速やかに取り消されるべきである。 以上

〔別表1〕

★昭和53年4月現在

個人業者数

その他の数

総数

下新川支部 黒東分会

20

12

32

〃 黒部分会

26

15

41

〃 魚津分会

16

31

47

中新川支部 滑川分会

7

5

12

〃 上市分会

6

3

9

〃 立山分会

12

6

18

合計

87

72

159

★平成元年3月現在

個人業者数

その他の数

総数

下新川支部 黒東分会

17

18

35

〃 黒部分会

24

21

45

〃 魚津分会

13

39

52

中新川支部 滑川分会

7

6

13

〃 上市分会

5

5

10

〃 立山分会

12

7

19

合計

78

96

174

※会員名簿(社団法人富山県自動車整備振興会発行)に基づき作成

〔別表2〕

★自動車修理・販売

個人業者数

その他の数

総数

滑川市

8

5

13

上市町

4

5

9

立山町

19

3

22

魚津市

31

32

63

黒部市

34

14

48

宇奈月町

3

0

3

入善町

22

7

29

朝日町

7

3

10

合計

128

69

197

★自動車鈑金・塗装

個人業者数

その他の数

総数

滑川市

7

1

8

上市町

1

0

1

立山町

9

1

10

魚津市

20

7

27

黒部市

9

3

12

宇奈月町

1

0

1

入善町

6

0

6

朝日町

2

1

3

合計

55

13

68

※職業別電話番号簿(昭和63年10月現在)に基づき作成

別紙(三)

抗告理由補充書

―相手方意見書に対する反論―

頭書即時抗告申立事件について、平成元年一〇月三一日付相手方意見書に対する抗告人の反論は、左記のとおりである。

第一、利益衡量不要論=守秘義務優先論の不当性

一、相手方の主張とその論拠

文書提出命令の適否を決するにあたっては、公務員の守秘義務によって保護される同業者の営業上の秘密と抗告人(原告)の公正な裁判を受ける権利との利益衡量をしなければならない。抗告人はこのことを主張してきた。

これに対して相手方は、「守秘義務によって守られる職務上の秘密と真実発見の必要性あるいは裁判を受ける権利との利益とを衡量して決することはできないものであ」ると主張し、その理由として次の三点を挙げている。

<1> 公務員の職務上の秘密につき尋問するときは監督官庁の承認が必要とされ(民事訴訟法二七二条)、また、職務上の秘密については証言拒絶が認められている(同法二八二条一項一号)ので、民事訴訟法は「公務員の職務上の秘密に関する守秘義務を証言義務(つまり裁判における真実発見の必要性)に優先させて」いる。

<2> 同法二八三条は「証人尋問において証人が職務上の秘密に関する理由を疎明して証言を拒むときは、証言拒絶の当否について裁判所は裁判をする余地がない」ことを規定するものである。

<3> 文書提出義務は「裁判所の審理に協力すべき公法上の義務であり、基本的には証人義務、証言義務と同一の性格のもの」であるから、右<1><2>の理は文書提出義務にも同様に類推適用できる。

しかしながら、相手方が掲げるこれらの理由はいずれも、そのままでは到底是認できないものである。

二、抗告人の反論

1、民事訴訟法二八三条一項の法意

(一) まず、民事訴訟法二八三条は証言拒絶の当否に関する裁判所の裁判権を排除しているという相手方の論拠<2>について反論する。

相手方は、この条文を根拠にして、行政庁が守秘事項だという以上は裁判所が利益衡量を行って秘密開示の適否を決する余地がないと主張したいのであろうが、はたして同条からそこまで言い切れるか。

相手方の右の主張に論理の飛躍があることは、以下に述べるとおりである。

(二) なるほど、同条一項によれば、一般的には証人がその理由を疎明したうえで(二八二条)証言を拒んだ場合には裁判所が証言拒絶の当否を裁判するものとされているのに対して、公務員が職務上の秘密について証言を拒む場合については除外されている。そこで、この条項のみに着目すれば、「証言拒絶の当否について裁判所は判断する余地はない」との解釈も成り立つかもしれない。そして現に、職務上の秘密であることの「ある程度の疎明があれば、もはや証言拒絶の当否について裁判所が裁判する余地はな」いと説く見解(井口牧郎・「実務民事訴訟法講座1・判決手続通論1」三〇六頁等)がみられることは、相手方が指摘しているとおりである。

しかし、そもそも二八三条一項が、職務上の秘密を理由に証言拒絶がなされた場合を除外しているのは、その場合には監督官庁の承認を求める手続が予定されている(二七二条)ことからみて、いきなり裁判所が当事者の審訊だけを経て拒絶不当の裁判をして当該公務員に証言を強制するよりも、一旦は監督官庁の判断を仰いだ方が穏当だという配慮が働いたからに過ぎず、裁判所の最終的な裁判権まで否定したものではない、という解釈も十分成り立つ。そこで、「裁判所が証言拒絶の当否について判断すべきであり、その裁判に際して、ある事項が職務上の秘密に属するかどうかに関する終局的な判断をすることになる」という見解(菊井維大=村松俊夫・民事訴訟法II二八七頁)も有力に唱えられているのである。

このように、まず第一に、同条項の解釈を巡っては、証言拒絶の当否につき裁判所が裁判する余地はない、という相手方主張の見解が唯一絶対のものではない。

(三) 次に、右のいずれの見解を採るにせよ、証言拒絶があれば裁判所としては監督官庁に対し証人尋問の承認を求める手続をとることになるが、問題は、証言の承認を求められた監督官庁がこれを拒否するかどうか判断する際に、全くの自由裁量が認められるのかどうかである。

ところが、この点については、証言拒絶の当否に関する裁判所の判断権を否定する前記見解といえども、「承認を求められた監督官庁において全く自由な裁量によって決めることができると解すべきではなく、国家ないし公共の利益を害するおそれのあるような場合を除いては、承認を与えなければならないと解するのが相当であろう」と説いている(前掲井口三〇七頁)。監督官庁が証人尋問に承認を与えるということは即ち当該公務員に証言拒絶はさせないということであるから、結局右見解も「守秘事項か否かの実質的な判断権は裁判所にはなく、その点の判断は、どのような方法により、守秘義務違反を回避するかということも含めてすべて行政庁に委ねられている」(平成元年六月二三日付相手方原審意見書四頁)などという相手方主張の行政庁自由万能論とは明確に一線を画しているのである。

証人尋問の承認について行政庁の裁量に限界があることは、国家公務員法一〇〇条二項が、職務上の秘密に属する事項の発表につき許可を求められた所轄庁の長は「法律又は政令の定める条件及び手続に係る場合を除いては」許可を拒めないとし、この規定を承けて、例えば刑事訴訟法一四四条が、証人尋問を求められた監督官庁は「国の重大な利益を害する場合を除いて、承諾を拒むことができない。」と明規し、また、同法一〇三条が公務所が押収を拒める要件として、右一四四条の証人拒絶の場合と同じく「国の重大な利益を害する場合」という要件を掲げていることからも明白である。

もっとも、民事訴訟法には右の刑事訴訟法一四四条・一〇三条に相当する規定は欠けている。しかし、この規定の欠如を捉えて、民事訴訟では許可ないし承諾を与えるかどうか行政府の自由裁量に委ねる趣旨だ、とは解釈できない。前記見解もいうように、「一般論からすれば、刑事訴訟の場合には、証拠調べの際に国家の利益に直接影響があるような例が比較的多いということはいえるであろうが、そのような場合には、民事訴訟においても承認を与えないことにせざるをえないであろうし、さらに、民事訴訟においては、右のような場合に加えて、国家の秘密の方をより厚く保護する必要から承認を与えることのできない場合があるといえるかどうかが疑問」(前掲井口三〇三頁)だからである。これを要するに、刑事訴訟と民事訴訟とで真実発見の要請に何ら差異はなく、民事訴訟における承認拒否の要件は刑事訴訟の場合と同様であって然かるべきものである。

(四) 以上のとおり、民事訴訟法二八三条一項が証言拒絶の当否につき裁判所の裁判権を認めていないという相手方の解釈にはそもそも異論がある。

仮に百歩譲ってその解釈を採ったとしても、証言拒絶の当否の判断が行政庁の自由裁量に委ねられていると直ちにいえない。むしろ逆に、行政庁の裁量に限界があることを示す実定法上の根拠すらあるのである。

従って、同条項の法意に関する相手方の論拠<2>は独断に過ぎない。

2、守秘義務と証言義務の優劣

(一) 次に、公務員の証人・証言拒絶についての規定が守秘義務を証言義務に優先させているとする論拠<1>は正しいか。

以下では、裁判における真実発見の必要性と守秘義務との間では公正な調整が必要であって、必ずしも常に後者が優先するものではない旨を説く裁判例を挙げ、右の相手方の論拠もまた身勝手な主張であることを明らかにする。

(二) 刑事訴訟法四七条は、公判開廷前の刑事訴訟記録の公開を原則的に禁止したうえで、「公益上の必要その他の事由があって、相当と認められる場合」には例外的にその禁止を解いている。

そして、この規定を巡っては、相手方提出疎明資料疎乙第一号証別紙(四)にも指摘されているとおり、「守秘事項の一部の公表の相当性の判断権の帰属という点では(本件文書提出命令と)共通性のある」問題が争われることになる。

ところが、その判断権が裁判所に帰属することを明言する裁判例があり、判断権の裁判所への帰属を導くにあたって裁判所が説示した事項の中には本件でも参考にすべきものが多く含まれている。

(1) 例えば、静岡地裁昭和六二年一月一九日決定(判例時報一二三六号一三四頁以下)は、警察職員から業務上横領の被疑者として扱われたことを理由とする損害賠償請求事件において、参考人の司法警察員に対する供述調書につき原告の文書提出命令の申立を認容した事案である。

同決定は、まず右供述調書が民事訴訟法三一二条一号にいう引用文書に該当すると判断し、次いで、被告が「刑事事件記録を公にするか否かの判断は、刑事手続の公正な運用という観点から、当該記録の保管者の裁量に委ねられている」、「直ちに提出命令を課せられることになると、一般に参考人調書の作成等に著しい支障が生ずることが予想される」ので「今後の刑事事件の捜査の適正な遂行を阻害する」と主張したのに答えて次のように判示し、この被告の主張を斥けた(なお、この決定は上級審でも支持されている)。

仮に刑事事件記録を公にするか否かの判断が、相手方主張の如く、刑事手続の公正な運用という観点から、第一次的には、当該記録の保管者の裁量に委ねられるとしても、それは、適正迅速な民事裁判の実現等それ以外の公益上の必要にも十分配慮した、合理的なものでなければならず、また、文書提出命令の採否にあたり、民事裁判所が守秘義務の範囲を具体的に画することを否定するものではないことも、多言を要しないところである。

(2) また、捜索の違法を理由とする損害賠償請求事件につき捜索差押令状請求の資料の一つである捜査報告書の文書提出命令が申し立てられた事案において、東京高裁昭和六二年六月三〇日決定(判例時報一二四三号三七頁以下)は、右捜査報告書が民事訴訟法三一二条三号後段の法律関係文書に該当することを認めたうえで、次のような一般論を展開している。

保管者である検察庁は、同法条が適用或いは類推適用される場合には、原則として守秘義務を負うものというべきであるが、同条ただし書の規定により、公益上の必要その他の事由があって相当と認められる場合は、その公開が妨げられるものではないと解すべきところ、右相当性の判断については、同条の法意に照らし、これを保持する相手方(具体的には、保管者である東京地方検察庁)の判断をまず尊重すべきであり、公開の相当性なしとする相手方の判断が合理性を欠くと認められる場合のほか、その提出を命じ得べきものではないと判断する。

そして右決定は、結論として、公開できない理由として保管者が挙げた捜査の秘密を保持する必要性があるという理由は具体性・合理性を欠くとして、保管者の判断の合理性を否定している。

(3) さらに、大阪高裁昭和六三年七月二〇日決定(判例タイムズ六八一号一九八頁以下)は、逮捕状請求の疎明資料として添付された捜査報告書・供述録取書が法律関係文書にあたるとしたうえで、守秘義務により提出義務を負わないという被告(抗告人)の主張に対して、次のとおり判示している。

抗告人国は、右文書には民事訴訟法二七二条、二八一条一項一号等の諸規定が適用されるところ、同法二八三条一項の類推適用により、民事裁判所は、右提出義務の存否について判断できない旨主張する。

しかし、民訴法三一二条所定の文書提出義務が、裁判所の審理に協力すべき公法上の義務であり、基本的には証人義務、証言義務と同一の性格のものであって、前記規定の類推適用が認められるとしても、証人に関する右すべての規定が、当然に類推適用されると解すべきものではなく、当該文書の性格等に鑑み、個々の規定の類推適用の可否については、なお検討を要する。そして、前記文書は刑訴法四七条本文の「訴訟に関する書類」に含まれるものであるから、同条但書により、公益上の必要その他の事由があって相当と認められる場合には、公開が許されるところ、文書提出命令申立の採否にあたり、裁判所が、右守秘義務の範囲を具体的に画することを否定するものではないと解すべきことは、引用にかかる原決定理由説示のとおりであるから、右主張は失当である。

これらの裁判例はいずれも、守秘義務の範囲を最終的に画定する権限が裁判所にあることを当然の前提に、守秘義務を理由とする行政庁の文書提出義務免脱の主張を斥け、訴訟における真実の発見に努めている。

従って、守秘義務が真実発見の要請に優先し、両者を衡量する余地がないなどという相手方の主張が独断であることは明々白々である。

(三) また、同時に注目すべきは、「参考人調書の作成等に著しい支障が生ずることが予想される」、「今後の刑事事件の捜査の適正な逐行を阻害する」などといった抽象的・一般的な弊害の主張だけでは守秘義務を優先させず、具体的事案を子細に検討したうえで秘密事項の公表の当否を判断している裁判所の態度である。

ところで本件の相手方は、所得税法所定の守秘義務が、個人の所得に関する秘密の保護を通して「申告納税制度の適正かつ円滑な運用を期待するもの」であり、その公表は申告納税「制度の運用を乱し、税務行政の執行に支障を来す」とし、あるいはまた、職務上知ることができた秘密の漏示が「公務の運営にとって重大な支障となる」とし、まさにこの抽象的・一般的な弊害の主張を展開している。それだけに、本件においては、具体的事案に照らして判断するという右の裁判所の態度は特に堅持されなければならない。

(四) 以上のとおり、公務員の証人・証言拒絶に関する規定が守秘義務を証言義務に優先させているという相手方の論拠<1>は理由のないものであり、そのような運用は実際の裁判例でも決して一般的ではない。

行政府の判断に対する裁判所の容喙を排除しようとする相手方のこの論理は、裁判所の前では行政府といえども相手方当事者と対等の一私人に過ぎないという法の支配、法治主義の憲法理念に真っ向から挑戦するものであり、裁判所によって厳しく糾弾されなければならない独善である。

3、証人義務・証言義務と文書提出義務の差違

(一) 最後に、文書提出義務は「裁判所の審理に協力すべき公法上の義務であり、基本的には証人義務・証言義務と同一の性格のもの」であるという、相手方の見解それ自体については、抗告人にも異論はない。そして、一般論としては、証人義務・証言義務に関する論理を文書提出義務に類推適用することも認めてよいであろう。

但し、相手方の論拠<3>が正当なのはその限度である。

まず、証人義務・証言義務に関する論理の中身については、その理解が全く異なることは既に1、2で詳述したとおりである。

(二) それだけはなく、証人義務・証言義務と文書提出義務(その中でも民事訴訟法三一二条一号に基づく引用文書についての提出義務)との間には看過できない差違がある。ところが相手方は、この差違に敢えて眼をつぶっている。

すなわち、証人義務・証言義務は、まさに「裁判所の審理に協力すべき公法上の義務であ」って、訴訟の帰趨には直接利害関係のない、訴訟当事者以外の第三者が負わされる義務である。この点は文書提出義務も基本的には同様であり、「民事訴訟法三一二条が文書提出義務を一定の範囲に限定しているのは、文書所持人の文書に対する所有権ないし処分の自由を確保するためであり、そして、所持人が提出義務を負うのは、挙証者が訴訟外でも――つまり実体法上――文書の引渡または閲覧を請求できるか(三一二条二号)、または、――文書自体について実体法上の権利をもつわけではないが、――、文書の記載内容が挙証者の実体的利益に関するか(同三号)によって、所持人の処分の自由が制限されるべき場合に限られている」(竹下守夫・野村秀敏「民事訴訟における文書提出命令」判例評論二〇六号=判例時報八〇四号一一六頁以下)という比較法制史上の指摘もなされているとおり、訴訟外の文書所持者に課せられた、訴訟における真実発見に協力する限定的な義務である。ところが、一号の引用文書の場合だけは、訴訟当事者以外の第三者が負わされる義務ではなく、当該文書を自己の訴訟に有利に引用した訴訟当事者自身が負う義務である。それは、所持人に対する裁判所の提出命令の形式をとるため、二号・三号文書の場合と同じく「裁判所の審理に協力すべき公法上の義務」の形になっているが、しかしその本質は第三者の単なる協力義務ではない。

本件と同様の争点が問題になった文書提出命令申立事件において、名古屋高裁昭和五二年二月三日決定(判例時報八五四号六八頁)が、「文書所持者の証拠調べの協力義務である文書提出義務は、限定的ではあるが、公法上の義務、訴訟法上の義務として証人義務と同じ性格を有するものである」としながら、当事者の実質的平等や訴訟における信義誠実の原則を強調しつつ、「民事訴訟法三一二条一号の当事者みずから引用した文書については、証言拒絶に関する民事訴訟法二七二条、二八〇条、二八一条の規定は類推適用されず、たとえ守秘義務のあるものであっても提出義務は免除されない」と判示したのも、一号の文書提出義務が第三者の単なる協力義務とは異質であることに着目したからに外ならない。右決定は、「訴訟維持のために敢えてみずからの主張の根拠にした当事者は、該文書についての守秘義務を遵守せず、それによって得られる利益を放棄したものとみなされる」としたために、守秘義務の主体と守秘義務によって保護される秘密の主体とは異なるとの批判を浴び、その結論自体は支持されてない。しかし、同決定が一号の提出義務を他の訴訟法上の審理協力義務と区別した意義は依然として失われていない、というべきである。

このように、一号の引用文書の提出義務が訴訟当事者自身に課された、信義則に基づく義務であるなら、訴訟外の第三者の協力義務である証人義務・証言義務に関する規定をそのまま無批判に類推適用することはできず、結論として義務免脱を認めるにせよ、少なくとも、第三者の場合には問題となり得ない当事者の応訴態度や当事者間の公平も、事案に照らして具体的に考慮しなければならない筈である。なお、本件相手方(原告)の応訴態度の不当性については、既に「文書提出命令申立書補充書」において縷縷説明したとおりである。

(三) 以上のとおり、文書提出義務が「基本的には証人義務、証言義務と同一の性格のもの」であるからといって、本件の引用文書について相手方が提出義務を免れるとするには論理の飛躍がある。

従って、論拠<3>もまた、批判に堪え得ない通り一遍の主張に過ぎない。

第二、申告者特定の困難性

1、類似同業者選定の困難

(一) 相手方は、まず、同業者数の多寡よりも「選定基準によって抽出された類似同業者の多寡」こそ類似同業者特定の難易に大きな影響を与えるファクターであるとして、「魚津税務署管内に同業者がいかに多くても、相手方(被告)の選定基準に適合する類似同業者が少なければ、この選定基準に適合する同業者の選定は容易であ」るという。

しかし、類似同業者の数が多いとか少ないとかは、選定基準に従って類似同業が抽出された後の結果である。他方、今ここで問題になっているのは、ある同業者が選定基準に適合するかどうかを如何にして判断し、多数ある同業者の中から選定基準適合の類似同業者だけをどうして抽出するかである。相手方の右の論理は、これからしなければならない類似同業者の抽出が既にできてしまっていることを前提にしたものであり、全く理解し難い論理である。

これから類似同業者を選定しようとする場合、選定母体である一つひとつの同業者を虱つぶしにあたり、その同業者が選定基準に合致しているかどうか調査しなければならない。その際、同業者が多ければ多いほど調査が困難になるのは事理当然であり、原決定もそのことを念頭に置いているからこそ、「魚津税務署管内の同業者はさほど多くないと考えられる本件においては」という限定を付したのである。「同業者数の多寡」は「類似同業者特定の難易」に大きな影響を与える最重要のファクターであって、相手方がいうような単なる「一ファクター」とは到底いえない。

(二) 次に相手方は、選定基準が示されていることをしきりに強調するが、「類似同業者特定の難易の一ファクター」としての選定基準にとって重要なのは、その基準がどの程度特異的な性質のものかである。即ち、極めて特異な基準のときは、それに合致する同業者さえ見つけ出せば類似同業者の抽出、ひいては申告者の特定も容易になるが、逆にいくら多くの基準が示されていようとも、それが一般的な性質のものであればあるほど類似同業者の特定からは程遠い。

この点、相手方のいう「一定の選定基準」の内容は、<1>魚津税務署管内の業者、<2>自動車板金塗装業及び自動車整備業、<3>個人事業者、<4>青色申告書提出者及び<5>総収入金額がいわゆる倍半基準を満たすことの五基準であり、ことごとく一般的な性質のものにすぎない。

(三) さらに、抗告理由補充書で指摘したとおり、納税者に関するあらゆる情報が集中していつでも容易に利用できる相手方とは違って、ある業者が基準に適合しているか否かを判断するための資料を抗告人が入手することは極めて困難である。

また、現時点の資料に基づいて本件系争年度当時の基準適合性を判断できないことも、そこで指摘しておいた。

ところが、相手方意見書では、このような類似同業者選定に至るまでの二重、三重の障害に対する何らの解決策も示されていない。

2、申告者特定の困難

次に相手方は、従業員・専従者の年齢及び人数、償却資産の内容などの青色申告決算書記載事項から、選定基準の適合する同業者のいずれが、どの青色申告決算書の提出者か特定することは困難ではないという。

確かに、類似同業者の抽出ができた場合には、相手方の主張するとおり、青色申告決算書の記載事項から申告者まで特定できる場合もあろう。

しかし、そもそも類似同業者の抽出自体が至難であることは、既に述べたとおりである。

3、匿名性維持の可能性

(一) 相手方は、固有名詞を削除した青色申告決算書の写しを提出した場合であっても、これに基づいて原告側から申告者を特定し得たと主張されている例が発生しているとしつつ、そのような事例では、被告税務署は守秘義務を厳守して当該主張の真否を明らかにしていないという。

しかし、被告税務署が原告側の主張が正しいとも誤っているとも答えないのであれば、守秘義務違反にはならないのであるから、原告側の単なる一人よがりとして無視すれば済むことであって、何ら問題がない筈である。

相手方は、原告側が申告者を特定し得たと主張する事例をいくつも取り上げてはいるが、しかし、原告がそのような主張をすることで一体如何なる不都合が生じたというのか、具体的な弊害は一切主張されていない。つまり、相手方の右主張の意図は単に申告者特定の危険性を印象づけようとするところにあり、およそ説得力のない主張である。

(二) 次に、写しが不特定多数人に開示されて、匿名性が維持されない具体的危険性があるともいう。

しかしながら、匿名性が維持されなくなるのは、写しを示された調査対象者が自己のものであることを自認したからである。もし調査対象者が真に匿名を欲するのであれば、自認さえしなければよいだけの話である。すなわち、その同業者が申告者であると特定できたのは、実は調査に協力して自認したからであって、守秘義務違反とは無関係である。

なお、民事・刑事の訴訟では、当事者が公的機関から得た情報を基に第三者に面会を求めて真実を発見しようとするのは当然のこととして是認されており、その場合に公的機関が守秘義務に違反したとは受け取られていない。ひとり税務訴訟のみ特別扱いする合理的理由は見出せない。

(三) しかも、本件では、抗告人に申告者を特定する意図がないことは再三説明したとおりであって、この点からも匿名性維持が困難になる具体的危険性など認められない。

結局のところ、相手方の主張に従えば、抗告人の訴訟準備活動が守秘義務違反の名目の下に不当な制約を加えられることになるのは明らかであり、到底納得できない主張である。 以上

別紙(四)

抗告理由申立てに対する意見書

抗告人(原告)の平成元年九月七日付け即時抗告申立書(同年一〇月一一日付け抗告理由補充書により訂正)に対する相手方(被告)の意見は、次のとおりである。

第一抗告の趣旨に対する答弁

本件抗告を棄却するとの決定を求める。

第二抗告の理由に対する認否

一 即時抗告申立書の抗告の理由一項について

前段三行は認め、その余は争う。

二 抗告理由補充書一項について

1 同1について

認める。

2 同2について

不知。

3 同3について

NTT職業別電話帳に記載されている魚津税務署管内の自動車修理・販売業及び自動車板金・塗装業の業者数がそれぞれ一九七及び六八であることは認め、その余は不知。

三 抗告理由補充書二項について

1 同1について

認める。

2 同2について

後段なお書きの「会員名簿ないし電話番号簿の業種区分は必ずしも正確ではな」い事実は認め、その余は争う。

3 同3から5までについて

いずれも争う。

四 即時抗告申立書の抗告の理由三項について

争う。

第三意見の理由

別紙のとおり

第四添付書類

指定書 二通

別紙

意見の理由

抗告人(原告)の抗告の理由に対する相手方(被告)の意見は、既に、原審における平成元年六月二三日付け文書提出命令申立てに対する意見書(以下「相手方意見書」という。)で述べたことに尽きるのであるが、抗告人(原告)が抗告の理由第一項及び第二項(抗告理由補充書第一項及び第二項)において主張している点について、次のとおり、相手方(被告)の意見を補足して、主張する。

一 抗告人(原告)は、公務員の守秘義務によって守られる同業者の営業上の秘密といえども無制限の保護を受けるわけではなく、公正な裁判を受ける権利との利益衡量が必要であるのに、原決定は、利益衡量を行わず、当然のごとく秘密保護を優先させている旨主張する。

しかしながら、相手方意見書第二、一、1で述べたとおり、民事訴訟法三一二条の文書提出義務は、裁判所の審理に協力すべき公法上の義務であり、基本的には証人義務・証言義務と同一の性格のものであり、文書所持者にも同法二七二条、二八一条一項一号等の規定が類推適用されるのであるから、文書所持者に守秘義務のあるときは、証言拒絶ができるのと同様に、文書の提出義務を免れるものと解すべきである。文書提出命令に関して類推適用される同法二七二条、二八二条一項一号の各規定は、公務員の職務上の秘密に関する守秘義務を証言義務(つまり裁判における真実発見の必要性)に優先させており、証人尋問において証人が職務上の秘密に関する理由を疎明して証言を拒むときは、証言拒絶の当否について裁判所は裁判をする余地がないのであって(同法二八三条)、守秘義務によって守られる職務上の秘密と真実発見の必要性あるいは裁判を受ける権利との利益とを衡量して決することができないものであり、その理は、文書提出命令に関しても、同様であって、右両利益を衡量して文書提出命令の適否を決することは、民事訴訟法上許されないのである(南博方編・条解行政事件訴訟法(時岡泰)六〇二ページ参照)。

本件文書の内容が、所得税法二四三条の「事務に関して知ることのできた秘密」、国家公務員法一〇〇条一項の「職務上知ることのできた秘密」に当たるものであることは明らかであり、相手方(被告)には、これらの規定に基づく守秘義務があるのである。所得税法において守秘義務を課した所以は、特定の個人の所得に関する秘密を保護することにより、申告納税制度の適正かつ円滑な運用を期待するものであるのであるから、その公表は、右制度の運用を乱し、税務行政の執行に支障を来すことは明らかであり、公共の利益を害することとなるからであり、国家公務員法が守秘義務を課した理由も、同様であって、職務上知ることのできた秘密の漏示が、公務の運営にとって重大な支障となることにあるのであるから、相手方(被告)に右守秘義務があることを理由に抗告人の本件文書提出命令の申立てを却下した原決定は、正当である。

二 抗告人は、会員名簿、職業別電話番号簿に記載された自動車整備・修理業を営む魚津税務署管内の同業者の数はさほど多くないとはいえないので、多数の同業者の中から相手方(被告)の抽出した類似同業者を特定することは困難である旨主張するが、なるほど、魚津税務署管内の同業者数の多寡も類似同業者特定の難易の一ファクターではあるが、むしろ相手方(被告)の選定基準によって抽出された類似同業者の多寡こそ、その特定の難易に大きな影響を与えるファクターというべきである。つまり、相手方(被告)において魚津税務署管内の同業者のうちから任意に類似同業者を抽出したのなら、同業者が多数であればあるほど、相手方(被告)抽出の類似同業者の特定は、困難であろうが、相手方(被告)は、いうまでもなく、一定の選定基準に従って、類似同業者を抽出しているのであって、魚津税務署管内に同業者がいかに多くとも、相手方(被告)の選定基準に適合する類似同業者が少なければ、この選定基準に適合する同業者の選定は、容易であり、さらに、従業員・専従者の年令及び人数、償却資産の内容など青色申告決算書記載事項から、選定基準の適合する同業者のいずれが、相手方(被告)提出の青色申告決算書のいずれに対応するかを特定することは、決して困難なこととは言い難いのである。本件においては、相手方(被告)の選定基準に適合する類似同業者として抽出された業者は、わずかに四件あるいは八件に過ぎないのであり、組合の資料で調査することが可能な車検代数等を参考にすれば、選定基準である売上高から、選定基準に適合する同業者をおおむね選定することが可能であり、さらに、従業員数、専従者の年令、償却資産の内容等を参照すれば、右選定した同業者の中にいずれが青色決算報告書のいずれに対応するかを特定することが十分に可能なのである。

三 抗告人(原告)は、多数の同業者の中から相手方(被告)の抽出した類似同業者を特定することは容易なことではない旨主張する。

これについては相手方意見書第二、二、2、で述べたとおりであるが、これを補足すれば、固有名詞を削除した青色申告決算書の写しを提出した場合であっても、これに基づいて申告者を特定し得たと主張した事例は、過去に他の国税局管内において少なからず発生しており、特にそば屋、漬物小売、塗料販売等のように多数の同業者が存在し、希少業種とはいえない事案であっても、原告から申告者を特定し得たと主張される事例が生じたことに留意すべきである(大阪高裁昭和六一年九月一〇日決定・税務訴訟資料一五三号六〇九ページ(<証拠略>)中の別紙(二)「抗告の理由」第三末尾部分及び別表並びに別紙(三)参照)。

もとより、相手方(被告)としては、守秘義務を厳守すべき立場上、右各事例における原告側主張の真否を明らかにし得ないのであるが、相手方意見書において既に述べたとおり、個人の重要なプライバシーや営業上の秘密が記載された青色申告決算書については、たとえ固有名詞を削除した写しであっても、これを提出するならば抗告人(原告)によって不特定多数人に開示され(右大阪高裁決定事件で抗告人が、「原告側は、決算書写しを調査先まで持参して提示している」旨主張していること参照)、その匿名性が維持され得ない具体的危険がある以上、固有名詞等を削除した所得税青色申告決算書写しを提出することが相手方(被告)に課された守秘義務に違反することは明らかである(名古屋地裁昭和六三年一二月一二日決定(<証拠略>)は、「納税者の特定につながる固有名詞を削除しても、他の記載内容から当該納税者を特定することが不可能とはいえず、このような措置によって守秘義務を果たしたとはいい得ない場合が存する」旨判示しているがけだし相当である。)。

【参考】第一審(富山地裁平成元年(モ)第一三一号 平成元年八月三一日決定)

主文

本件申立てをいずれも却下する。

理由

一 申立人(原告、以下「原告」という。)の文書提出命令の申立て及び意見は別紙(一)(二)のとおりであり、相手方(被告、以下「被告」という。)のこれに対する意見は別紙(三)のとおりであるから、これを引用する。

二 当裁判所の判断

1 文書提出義務の原因について

民事訴訟法三一二条一号所定のいわゆる引用文書とは、当事者の一方が、訴訟においてその主張を明確にするため、文書の存在につき、具体的、自発的に言及し、その存在・内容を積極的に引用した場合における当該文書も含むと解するのが相当である。

そこで、これを本件についてみるに、一件記録によれば、本件訴訟は、被告が原告の昭和五三年分ないし昭和五五年分の事業所得金額を算出するに際し、原告の営む自動車板金塗装業並びに自動車整備業及び車両販売業の所得金額を実額で把握しえないとして、審査請求において原告が自認した総収入額を基礎とし、原告が事業所を有する魚津税務署管内において青色申告をしている同業者(ただし、自動車板金塗装業及び自動車整備業を営む者。一般に車両販売のうち原告も営む中古車販売については、これのみを単独で営む業者は少なく、大多数が自動車整備業を兼ねて営業し、更に係争年度中、魚津税務署管内で車両販売業を単独で営み、青色申告をしている個人業者は皆無であったため、自動車整備と車両販売を一括して扱った。)を抽出し、その総収入に対する必要経費の割合の平均値によって、原告の所得金額を算出した事案であるが、被告は、本訴において右同業者の当該年分の総収入金額及び必要経費の額の数値を被告の昭和六一年一一月一四日付準備書面別表2ないし4に表示し、同準備書面において、各必要経費率は、青色申告決算書及びこれに基づき作成された個人事業者の課税事績表に従い正確に算定されたものである旨主張しており、原告が、本件において提出を求めている被告の昭和六一年一一月一四日付準備書面別表2ないし4に表示の同業者の当該年分の青色申告書添付の決算書一切(以下「青色申告決算書」という。)がいわゆる引用文書にあたるものというべきである。

2 守秘義務について

ところで、民事訴訟法三一二条に定める文書提出義務は、裁判所の審理に協力すべき公法上の義務であり、基本的には証人義務、証言義務と同一の性格のものと解されるから、文書所持者にも同法二七二条、二八一条一項一号等の規定が類推適用され、文書所持者に守秘義務があるときは、右文書の提出義務を免れるというべきである。

本件青色申告決算書は、個人の秘密に属する所得金額、資産負債の内容等が記載された文書であるから、税務署長は、所得税の調査に関し職務上知り得た右のような事項につき、国家公務員法一〇〇条一項、所得税法二四三条によって守秘義務を負うものであって、税務署長が訴訟当事者として、このような文書を訴訟において引用したからといって各納税者の秘密保持の利益が無視されてよいことになるいわれはなく、税務署長は右秘匿部分について依然守秘義務を負っているものであり、被告は本件青色申告決算書の原本の提出義務を負わないというべきである。

そして、原告が予備的に提出を求めている青色申告決算書の記載部分中、申告者の氏名住所等、納税者の特定につながる固有名詞を削除した写についても、魚津税務署管内の同業者はさほど多くないと考えられる本件においては、記載内容等により申告者を特定しうる可能性が極めて高いものといえるから、被告はこのような写についても原本と同様に守秘義務によりその提出義務を負わないというべきである。

3 よって、本件申立てをいずれも却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 井筒宏成 林道春 丸地明子)

別紙(一)

文書提出命令申立書

原告は、次のとおり文書の提出を求める。

一、文書の表示及び文書の趣旨

1 主位的申立

被告第三準備書面(昭和六一年一一月一四日付)の別表二ないし四に記載されている同業者アないしエ、及び同業者AないしHについての各昭和五三年分ないし昭和五五年分の青色申告決算書(青色申告書添付の決算書一切)

2 予備的申立

右文書の写し。但し、申告者・税理士の住所・氏名・電話番号、事業所の名称・所在地・従業員の氏名等の固有名詞を削除したもの

二、文書の所持者

被告

三、立証趣旨(証すべき事実)

被告の主張する類似同業者アないしエ、及び類似同業者AないしHと原告とは営業規模、業態等が異なっている事実。

右アないしエ、及びAないしHを、原告の類似同業者として推計の根拠に用いることは全く合理性が無い事実。

四、根拠法条(文書提出義務の原因)

民訴法三一二条一号

被告は、右第三準備書面二一頁五行目において、右別表二ないし四が「それぞれの所得税青色申告決算書」に従い正確に算定されたとの主張をなしているから、民訴法三一二条第一号にいう引用文書に該当することは明らかである。

別紙(二)

文書提出命令申立書補充書

―被告意見書に対する反論―

第一、所得税青色申告決算書に対する提出命令について

一、所得税青色申告決算書は、民事訴訟法三一三条一号の引用文書に当たる。

1、民事訴訟法三一二条一号にいう文書の訴訟に於ける「引用」とは、文書そのものを証拠として引用する場合に限らず、当事者が積極的にその文書の存在・内容に言及して自己の主張の裏付けとした場合も含むとするのが多数の裁判例である。

2、ところで本件の被告は、類似同業者の必要経費率の平均値を用いて推計により原告の係争各年度の事業所得金額を算定したとし(被告第三準備書面三頁)、その必要経費率の合理性を基礎づけるため、選定した各類似同業者が被告税務署管内において青色申告書を提出した者であり(同準備書面一七頁)、それぞれの所得税青色申告決算書(以下「本件文書」という)及びこれに基づき作成された個人事業者の課税事績表に従い正確に各人の必要経費率を算出した旨主張している(同準備書面二一頁)。

右のとおり、被告が、推計に用いた必要経費率の合理性の裏付けのため本件文書に言及していることは明らかであり、従って、本件文書は民事訴訟法三一二条一号にいわゆる引用文書に該当する。

3、なお、被告の平成元年六月二三日付け「文書提出命令申立てに対する意見書」(以下「被告意見書」という)では、被告も本件文書の引用文書該当性は争わず、専ら守秘義務を理由とする提出義務免脱の主張に終始している。

二、被告主張の守秘義務は文書提出義務免脱の理由にならない。

1、被告の意見は要するに、<1>文書所持者に守秘義務があるときは文書提出義務を免れるところ、<2>文書所持者が公務員の場合、裁判所には当該事項に守秘義務が及ぶかどうか、如何なる方法で守秘義務違反を回避するかについての判断権はなく、その判断はあげて行政庁に委ねられている、というにある。

しかしながら、この被告の意見は二重の意味で是認できないものである。

2、第一に、なるほど公務員は職務上知ることができた秘密を漏らしてはならない(国家公務員法一〇〇条一項、所得税法二四三条等)が、この守秘義務は国民に奉仕すべき立場にある公務員の国民に対する義務である。ここでは、秘密の主体である国民個人と公務員(国家)との関係において、国民個人の利益が保護されるのは当然のこととされているのである。

ところが本件では、原告は被告課税庁の主張を吟味・検討するための資料として本件文書の提出を求めており、そこで対立しているのは、青色申告をした類似同業者の秘密保護の利益と原告の公正な裁判を受ける権利(憲法三二条)である。後者の権利保護のために前者の利益が一定限度で制約されることがあって然るべきではないか、それが問われているのである。すなわち、ここでは国民個人相互の関係において権利・利益が衝突しているのであって、国民個人対国家の関係とは同列には扱えず、秘密保護の利益が当然の如く優先するとは即断できない。

ちなみに、公務員の守秘義務によって守られる国民の秘密(及び行政秘密)といえども無制約の保護を受ける訳ではないことは言を俟たない。そのことは、例えば、所轄庁の長が公務員が証人・鑑定人等として職務上の秘密に属する事項を発表することについての許可を求められた際は原則として許可を与えなければならないとされ(国家公務員法一〇〇条三項)、例外として最終的に許可を拒めるのは「国の重大な利益を害する場合」(刑事訴訟法一四四条)や「国家の重大な利益に悪影響を及ぼす旨の内閣の声明」(議院証言法五条三項)があった場合に限られている――しかも、そこにいう「国家の重大な利益」は国民個人の秘密保護の利益を超えた、より重大なものとして捉えられている――ことからも明白である。

このように、文書提出義務の存否をめぐる本件の争いで問われているのは、青色申告をした類似同業者の秘密保護の利益と原告の公正な裁判を受ける権利(防御権)とを如何に調和させるか、どこに妥協点を見出すか、である。これに対して被告の論理は、一刀両断に原告側の権利保護の要求を切り捨てるものであり、問題の本質から敢えて眼を反らすものという外ない。

3、第二に、国民の権利利益の調整につき最終的判断をするに相応しい機関は裁判所であり、且つ、裁判所にはその判断をすべき責任がある。ところが被告は、守秘義務の有無・範囲、守秘義務違反回避方法の当否の判断はあげて行政庁の判断に委ねられているという。この被告の論理は、人権救済機関としての裁判所の役割を無視するものであり、行政に対する司法審査によって国民の権利自由を保障しようとする憲法の理念とはおよそ相容れないものである。

裁判所は、いわば行政庁の自由万能論ともいうべき、このような被告の論理に与してはならないし、現に与していない。例えば裁判所は、いわゆる「税徴虎の巻事件」において、行政庁が秘密指定をした事項だからといってそのまま鵜呑みにはせず、いわゆる実質秘説を採用して保護に値する秘密かどうか判断を加えている。「秘密」に該当するかどうかによって人権の限界が画定される以上、その最終的判断を下すのは司法が果たすべき当然の職責である。

4、以上のとおり、被告課税庁に守秘義務が認められるからといって、直ちに文書提出義務を免れることにはならない。

本件文書提出命令の申立において求められているのは、類似同業者の秘密保護の利益と原告の公正な裁判を受ける権利との衡量を、本件訴訟の具体的事情に即して行い、もって具体的正義を実現することである。守秘義務という一片の言葉で原告の申立を斥けるなら、原告はもとよりのこと一般人の納得は到底得られないであろう。

三、本件における利益衡量はどうあるべきか。

1、本件文書には類似同業者の売上、売上原価、人件費、所得金額、資産負債の内容等が記載されており、それらが営業上の秘密に属するものであることは、被告意見書が指摘するとおりである。

しかし、同じく秘密といってもその秘密の内容・性質如何によって要保護性の程度は違う筈である。この点、その個人の人格に密接に関わる、純枠な私生活上のペライバシーに属する事項に比較すれば、右に挙示されたような営業上の秘密に関わる事項の要保護性は低い。

2、他方原告は、類似同業者の営業上の秘密を暴いて、その営業上のノウ・ハウを探ったり、競争上優位に立とうというのではない。あくまで、本件訴訟を追行するうえで本件文書が必要となる理由を具体的に示して、その提出を求めているのである。

すなわち、推計課税の合理性をめぐる争点について、被告が「本件における類似同業者の必要経費率をみても、そこに推計の基礎となし得ないような不合理な要素は見出し難い」(被告第三準備書面二一頁)と主張したのに対し、原告は、類似同業者の選定にあたって、従業員数、家族構成員の参加形態・度合、事業所の広さ、自動車整備業における車検業務形態等の重要な基準項目や兼業状況の類似性が考慮されていない点を指摘したうえで、これらの基準項目が必要経費の内訳に反映し、そのため各類似同業者の必要経費の項目別内訳が明らにならない限り被告の主張の合理性が検証されない所以を具体的に示し(第六原告準備書面第一、二、3以下)、その釈明を求めた(同準備書面第二)。

これに対して被告は、釈明は不要とし、その理由として「何ら具体的な必要性の指摘がない」という(被告第六準備書面第三)。しかし、右に述べたとおり、原告は具体的必要性を指摘している。この被告の言い分は、要するに釈明に応じたくないというのと同義であり、被告の独断である。また、被告は、「事業内容等に推計の合理性を覆し得るほどの重大な特殊事情が存するというのであれば、原告がまずその主張・立証を具体的に行うべきもので」あるともいう(同上)。しかし、比較の「基準」となるべき類似同業者の実態が不明なのにどうして原告の「特殊」事情が判るのか。被告の言い分は、的を隠しておいて射てみよというに等しい。

3、もっとも、原告の側に非難される事情があって、類似同業者の秘密保護を犠牲にしてまで原告の権利を保護することが正義に反する場合は、本件申立が却下されても止むを得ないといえよう。

この点、被告は、「原告は、被告が行った本件税務調査に対し非協力的な態度に終始した」ので推計課税の必要性が肯定されると主張し(被告第五一準備書面四頁等)、「推計課税を余儀なくさせたのは原告自身」であると決め付けている(同準備書面第三、二)。しかし、既に原告は税務調査の経過を詳細に述べ、第三者が立ち合っていては守秘義務違反になるなどという理由にもならない理由をつけて調査権行使を放棄したのはむしろ被告の方であり、原告が非協力的ではなかった所以を明らかにしている(原告第三準備書面第三、三、(三)以下等)。調査を担当した山口隆宣職員は、最後に原告工場に臨場した際、原告から二階で(調査を)やりましょうと引き止められたことを認めている(同人証言調書六四項)が、この証言一つを取り上げても、原告の主張の正当性は、証拠上も明らかになっている。

従って、原告に特に非難されるべき事情は見出せない。

4、さらに、被告は金科玉条のごとく守秘義務を強調するが、そのくせ被告自らその主張を正当化するため本件文書を引用し、守秘すべき秘密の一部を既に開示していることも忘れてはならない。

自己の都合のよいときだけ、且つ都合のよい部分だけ引用しておきながら、相手方当事者が見たいといえば、守秘義務があって駄目だという。不公平これに勝ぐるものはない。民事訴訟法三一二条一号は、正にこのような不公平を避けるための制度である。

5、以上、一方で、本件文書提出命令によって開示される類似同業者の秘密は営業上のものであって要保護性は比較的小さい。他方で、本件審理の推移と被告の応訴態度をみれば、原告には本件文書の提出を求める具体的必要性が認められ、原告がこれを求めるにつき正義に反する事情はない。

本件文書提出命令の当否は、これらの諸要素・事情を充分見据えた利益衡量に基づいて判断されなければならない。

四、結語

以上のとおり、本件文書が引用文書に該当すること、被告主張の守秘義務が直ちには提出義務を免脱させる根拠とはならないことは明らかである。

そこで原告は、貴裁判所が、行政のあり方をチェックしつつ、個別事件を通して具体的正義を実現し、もって国民の権利救済に仕えるという司法権本来の姿勢を堅持されるなら、公正な利益衡量の結果、原告の文書提出命令申立は必ずや認容されると信じるものである。

第二、所得税青色申告決算書写しに対する提出命令について

一、一部削除文書の写しも提出命令の対象となる。

1、原告が申告者の固有名詞等を削除した所得税青色申告決算書の写し(以下「本件写し」という)につき予備的に提出命令の申立をしたところ、被告は、本件写しは現存しない、本件文書とは別個の文書であって、そもそも提出命令の要件を欠くという。

はたして本件写しは原本とは「別個の文書」であろうか。

ここでは、原本と写しの関係をどうみるか、また、原本とその一部を削除したものとの関係をどうみるか、二つの問題が交錯しているかに見える。しかし実はそうではない。原告のいう文書の一部削除とは、正確にいえば文書の一部を隠蔽してその部分の情報を開示しないことを意味する。一部が隠蔽されていても原本は原本であって同一性は失われず、現存しない別個の文書を新たに作成することにはならない。そして、本来なら一部を隠蔽したまま原本を提出すべきところを、それよりもコピーを作成して提出する方が実際上便宜であろうことを考慮して、写しの提出を求めているだけのことである。写しの作成・提出は、原本の一部を確実に隠蔽するための一手段に過ぎない。

念のため再言すれば、本件予備的申立は、主位的申立の対象とした現存する文書のうちの一部に範囲を限定して、その提出を求めるものである。また、写しの提出は、現存する文書(その一部)を提出する際の技術的方法の問題であって、提出対象の問題ではないのである。被告が「別個の文書」の提出を求めていると論難するのは、問題の本質を見誤るものである。

2、このように原告は「別個の文書」の提出を求めているのではないが、仮に被告がいうように、写しはその写しの作成者を作成名義人とする、原本とは別個の文書であるという立場に立ったとしよう。しかし、そこから直ちに文書提出命令の対象適格を否定することにはならない。

すなわち、複写技術の進歩した現在では、写しが原本と同視され、原本と同様に社会的に通用している実態があり、それが法制度にも少なからず反映している。

例えば、刑事訴訟法三一〇条は、証拠調を終わった証拠書類につき騰本を提出することを認めているし、刑事訴訟では一般に一部不同意書面などの提出につき不同意部分を削除した抄本・写しを提出することも認められている。内容的に原本との同一性が担保されている限り、それで何らの不都合もなく、却って実際的だからである。

また、判例は、「たとえ原本の写であっても、原本と同一の意識内容を保有し、証明文書としてこれと同様の社会的機能と信用性を有するものと認められる限り」公文書偽造罪の客体たる文書に含まれるとし、その場合において写は、「原本と同一の意識内容を保有する原本作成名義人作成名義の公文書と解するべき」だといっている(最高裁昭和五一年四月三〇日判決刑集三〇巻三号四五三頁等)。勿論この判例も写しが原本そのものだというのではない。ただ、公文書偽造罪の立法趣旨からすれば、写しであっても原本と同様の社会的機能と信用性が認められる場合には、原本と同視してよいという実質的考慮をしているのである。

これらの例は、写しと原本は別個の文書だという形式論理だけで提出命令の当否を決定することの無意味さを如実に教えている。本件予備的申立が写しを提出対象にするものと捉える立場に立ちつつ、写しは提出命令の客体にならないというのであれば、その実質的理由が示されなければならない。

3、ところで、被告意見書が援用する広島高裁松江支部平成元年三月六日決定は、本件写しのように原本の一部を隠蔽したコピーの提出を求めることは、<1>民事訴訟法三二二条の原本提出主義にも悖る結果となり、また、<2>法的根拠なくして相手方にコピーを制作する作為義務を負わせることになるとして、申立を却下している。右決定が挙げている理由は、提出命令を否定する実質的理由になるか。

まず、原本提出主義が採られているのは、文書の真正を確認するために原本が必要になるからである。だからこそ、原本の存在、その成立の真正及び写しが正確に写されたことに争いがなく、且つ写しをもって原本に代用することに異義がないときは、写しの提出も許容されてきている。ところが、本件写しの文書提出に関しては、被告・原告いずれにとっても原本の存在・成立や写しの正確性は問題にするには及ばないのであるから、原本提出主義に些かも悖るものではない。

次に、コピー制作の作為義務を負わせる法的根拠がないというのも実質的理由にはならない。被告課税庁が原本全体を出せば守秘義務違反の弊害が生じると主張するので、次善の策として、それなら一部を隠蔽した文書のコピーで満足しようというのが原告の予備的申立である。コピーの制作ができないのであれば、本則どおり原本の一部を隠蔽してそのまま提出すればよいだけの話である。右決定も亦、被告同様、コピー(写し)の提出が文書提出方法に係わる単なる技術的問題に過ぎないことを看過している。従って、ここではコピー制作の作為義務などという難しい議論を持ち出す必要は全くない。どうしても持ち出したいのであれば、民事訴訟法三一二条にいう「提出」とは相手方が当該文書を利用し得る状態を作出することを意味し、原本自体を出せない合理的理由があるときは、代わりにコピーを制作することもこれに含まれると解釈すれば済む筈である。せっかく電子複写機という現代文明の利器があるのに法律家が屁理屈を並べて使えなくしたのでは、社会一般の尊敬も集まるまい。

4、以上、本件予備的申立は現存しない「別個の文書」の提出を求めているものではないし、また仮に別個の文書の提出を求めていると捉えたとしても、実際上の便宜を考えて、原本と同視すべき写しの提出を求めるものである。

従って、その申立の当否は、結局は青色申告をした類似同業者の営業上の秘密保護の要請をどこまで優先させるにかかってくる。その意味では、本件文書全体に対する提出申立と異なるところはない。

二、申告者特定の危険性について

1、被告は、申告者の住所・氏名等固有名詞が削除されていても申告者が特定されてしまう危険があり、特に魚津税務署管内には類似同業者が少ないという特殊事情があるのでその危険が極めて大きいという。

この被告の意見は、申告者の営業上の秘密開示につながる申告者の特定は絶対的に回避されなければならないという前提に立っている。しかしながら、本件訴訟の具体的事情の下では、その前提自体が受容れ難いことは既に述べたとおりである(第一、二、三)。原告の反論はそこで尽きている。

2、最後に二点だけ付言しておくと、第一に、選定された類似同業者の数が少なければ少ないほど、いかに氏名を伏せたところで総収入金額と必要経費額から申告者が特定される危険性はそれだけ高まる。ところが、魚津税務署管内の類似同業者に限ったのは被告の判断であり、被告は自らの判断で申告者特定の危険性を高めておきながら、その危険性を理由に提出義務は免れようというのである。被告の身勝手さは明らかである。

第二に、原告は被告が算出した平均必要経費率の合理性とそれを原告に適用することの合理性を検証する目的で、類似同業者の必要経費の内訳につき釈明を求めたところ、被告はこれを拒否した。もし被告が釈明に応じていれば、釈明の仕方を工夫することによって、一方で必要最小限の記載内容の開示に止めて申告者を特定しにくくしつつ、他方で原告も満足するだけの情報の提供を得られた可能性もあったし、少なくとも申告者の筆跡から申告者が特定される心配など問題にならなかった筈である。このような利害調整の方途を断ち切っておきながら、申告者が特定されることのみ強調する――この被告の応訴態度も亦、身勝手極まりないものである。

三、結語

原告が本件申立をしたのは、必要経費額の項目別内訳が判明しなければ被告主張にかかる平均必要経費率の合理性を検証する手立てがないからであって、類似同業者を特定することはもとより原告の本意ではない。そして、被告が青色申告決算書そのものの提出が類似同業者の秘密を犯すというので、それなら一歩退いて、固有名詞等を隠蔽した本件写しで満足しようというのである。この原告の控え目の要求すら認められないのであろうか。

貴裁判所の公正な判断を求めるものである。 以上

別紙(三)

文書提出命令の申立てに対する意見書

原告の平成元年三月三一日付け文書提出命令の申立て(以下「本件申立て」という。)に対する被告の意見は、次のとおりである。

第一意見の趣旨

本件申立てをいずれも却下するとの決定を求める。

第二意見の理由

一 所得税青色申告決算書について

本件申立ての主位的申立てである類似同業者の昭和五三年分ないし同五五年分の各所得税青色申告決算書及び同申告書添付の決算書一切(以下「所得税青色申告決算書」という。)についての文書提出命令の申立ては、却下すべきものである。以下、その理由を述べる。

1 守秘義務による提出義務の不存在について

(一) 民訴法三一二条に定める文書提出義務は、裁判所の審理に協力すべき公法上の義務であり、基本的には証人義務、証言義務と同じ性格のものであるから、文書所持者にも、民訴法二七二条、二八一条一項一号等の規定が類推適用により、文書所持者に守秘義務のあるときは、右文書の提出義務を免れるというべきである(浦和地裁昭和五四年一一月六日決定・訟務月報二六巻二号三二五ページ、東京地裁昭和五八年一二月一日決定・税務訴訟資料一三四号二九〇ページ、大阪地裁昭和六一年五月二八日決定・判例時報一二〇九号一六ページ、名古屋地裁昭和六三年一二月一二日決定)。

(二) ところで、民訴法の規定によれば、公務員が証人であるときには、その職務上の秘密につき尋問する場合においては裁判所は当該監督官庁の承認を得ることを要する(民訴法二七二条)とし、公務員の職務上の秘密であることを理由とした証言拒絶(同法二八一条一項一号)の場合には、その当否について裁判所が裁判をする余地はない(同法二八三条一項)とされているのである。したがって、尋問事項が職務上の秘密に該当するか否かの実質的な判断権は裁判所にはなく、その点の判断は当該監督官庁つまり行政庁に委ねられていると解すべきである(斉藤秀夫・「注解民事訴訟法」五巻四一・五一ページ、井口牧朗・「実務民事訴訟法講座1判決手続通論I」三〇六ページ)。そうすると、人証か物証かの証拠方法の差異によって、職務上の秘密の保護に違いはないから、この理は、当然守秘義務による文書提出義務の免除となる事項か否かすなわち職務上の秘密に該当するか否かについても、同様に適用されるべきであるから、結局、守秘事項か否かの実質的な判断権は裁判所にはなく、その点の判断は、どのような方法により、守秘義務違反を回避するかということも含めてすべて行政庁に委ねられているというべきである。

(三) 原告が本件申立てにおいて提出を求める文書は、所得税青色申告決算書であるから、いずれも納税者の営業上の秘密やプライバシーに関する売上、売上原価、人件費、所得金額、資産負債の内容等が記載された文書であって、被告である税務署長は、職務上知り得た納税者の所得に関する右の事項につき、国家公務員法一〇〇条、所得税法二四三条の規定によって、守秘義務を負うものであることは明らかである(東京高裁昭和六二年九月四日決定・税務訴訟資料一五九号四九一ページ、名古屋地裁昭和六三年一二月一二日決定、広島高裁松江支部平成元年三月六日決定)。

2 申告納税制度下における守秘義務について

現行の申告納税制度は、課税当局と納税者間の信頼関係を基礎に成り立っているから、仮に、課税当局が守秘義務に違反したとすると、税務行政の今後における執行に重大な支障を招来することは必死であり、国家の利益または公共の福祉に重大な損失ないし不利益を及ぼすことは明らかである。

3 したがって、所得税青色申告決算書については被告税務署長は守秘義務を負うものであるから、文書提出義務を免れることは明らかである。

二 所得税青色申告決算書写しについて

本件申立ての予備的申立てである所得税青色申告決算書写し(ただし、申告者・税理士の住所・氏名・電話番号、事業所の名称・所在地・従業員の氏名等の固有名詞を削除したもの)についての文書提出命令の申立ては、却下すべきものである。以下、その理由を述べる。

1 現存しない文書の提出命令について

(一) 民訴法三一二条ないし三一四条所定の文書提出命令の制度は、特定の文書の原本が現存することを前提とし、これを所持する訴訟当事者若しくは第三者にその提出を命ずるものであって、右文書の現存と提出命令を申立てられた相手方が右文書を所持することは申立人において主張立証すべきものであって、その作成がいかに容易であっても、現存しない文書を作成した上、これを提出すべきことを命じることは文書提出命令の制度には含まれていないというべきであり(大阪高裁昭和六一年九月一〇日決定・訟務月報三三巻五号一二三五ページ)、そもそも現存しない文書を作成した上、これを提出すべきことを命じることは文書提出命令の制度上あり得ないことはいうまでもない。

(二) 固有名詞等を削除した所得税青色申告決算書の写しは、所得税青色申告決算書とは作成名義人を異にする別個の文書であり、被告が所持していないばかりか現存しない文書であって、文書提出命令の要件を欠いていることは明らかである(名古屋地裁昭和六三年一二月一二日決定、広島高裁松江支部平成元年三月六日決定)。

2 固有名詞等を削除した所得税青色申告決算書の写しの守秘義務について

(一) 固有名詞等を削除した所得税青色申告決算書の写しであっても、個人のプライバシーや営業上の秘密に属する事項が多数記載されているから、提出すれば、原告側の調査過程で、不特定多数の調査先に開示され、かつその記載内容、筆跡等から申告者が特定される危険があり、現に以前、課税庁において固有名詞等を削除した所得税青色申告決算書の写しを提出したにもかかわらず、申告書の専従者給与の続柄及び年齢、減価償却資産の明細あるいは同業者組合における調査等から所得税青色申告決算書の同業者を特定し得たという例もあるから、このような所得税青色申告決算書の写しを提出することは、被告税務署長が国家公務員法一〇〇条一項、所得税法二四三条によって負う守秘義務に照らし、できる限り避けるべきものである(東京高裁昭和六二年九月四日決定・税務訴訟資料一五九号四九一ページ、名古屋地裁昭和六三年一二月一二日決定、広島高裁松江支部平成元年三月六日決定)。

(二) 本件において所得税青色申告決算書写しを提出することは、前記の一般的問題のほかに、魚津税務署管内には類似同業者が少ないという特殊事情があるので、仮に、固有名詞等を削除したとしても、その同業者が特定されるおそれは極めて高いから、固有名詞等を削除した所得税青色申告決算書写しを提出することが、被告税務署長に課された守秘義務に違反するものであることは明らかである。

3 したがって、所得税青色申告決算書写しについても、被告税務署長は文書提出義務を免れることは明らかである。

三 以上の次第であるから、本件申立てに係る各文書については被告にはいずれも文書提出義務がなく、本件申立ては速やかに却下されるべきである。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例